頭のいい人の勘違い

ウェブでブログなどを見ていると、文章が優れていて、明らかに書き手の頭がよいのだと感じさせられる文章があります。はてなブックマークがたくさんつくような文章はだいたいがそうだと言っても過言ではないでしょう。宮崎駿の映画じゃあるまいし、まだ年端もいかないような子供の文章を読んで、本気で喜ぶ大人がそういるとは思えません。読まれている文章は、ほぼすべてが、内容が優れている文章だと言えるでしょう。
さて、彼らには共通の問題があるように思います。それは、自分以外の周りの人間が自分と同等か、それ以上に頭がいいのだと思っているということです。あるいは、心の底ではそうは思っていないのかも知れませんが、少なくとも文章を見る限り、その点に関する配慮が見られないということです。つまり、読者は自分より頭が悪い、という前提が抜けている文章が極めて多いのです。
これは、日本人の欠点かもしれません。まわりの人が自分より優れていると思うことはできても、まわりの人が自分より劣っているという前提の元で自分の意見を公表することはできないのかも知れません。
なんにせよ、そういう文章は、日本語がうまいだけに、読むと分かった気になれます。しかし実際のところはろくに分かってはいないのです。なぜなら、書いた人が自分より頭がいい上に、その差をフォローしていないからです。
世の中にはバカがたくさんいて、広く公開する文章は、そのような人たちにこそ理解されなければ意味がないのです。